ひまわり信託ニュース
2016年6月15日 | 第41回信託法学会 発表その1の1
第41回信託法学会 発表その1の1
テーマは「平成18 年信託法制定後の残された課題に関する立法論的考察」,発表者は信託協会調査部の工藤慶和さんです。
工藤さんが残された課題として指摘するのは2点。
第1は,指図型信託における指図権者についての法規制の必要性。
第2は,受託者倫理についてです。
第1については,信託業法にわずか2条ですが条文があること,金商法にも指図権者に適用のある条文があることを指摘し,これまでの議論・立法論などを紹介した上で,米国において来年夏の採択を目途として指図権者を含む関係人についての統一州法典の改正が議論されていることが紹介されます。
その上で,我が国においても,信託法に指図権者の注意義務・忠実義務の規定をおいてはどうかという提案がなされました。
第2については,受託者の義務規定が任意法規化されたことについての懸念が論議されている状況と,米国における受託者倫理についてのルール化と各規制主体の取り組みが紹介されます。
その上で,再度法律上の義務とは別の行動指針としての倫理の位置づけを確認した上で,これが,受託者のみならず,指図権者にも妥当する可能性が示されました。
大変示唆的で,勉強になる議論です。
ただ,民事信託の現場で日々苦悩する立場において,信託協会のサイトで本日のレジュメを読んで最初に読んだのは,「指図権者の善管注意義務・忠実義務を条文化したら,事業承継案件で流行っているスキームは,非常にリスキーになるな」ということでした。
事業承継案件で,信託が用いられる一番の典型例は,
1 株価上昇前に,贈与税を払っても承継者に株式を生前贈与し,将来の相続税負担を軽減する
2 しかし,現経営者は現状で会社経営を譲るつもりはなく,株式信託,承継予定者を受益権者にして配当収受権は与えつつ,議決権の指図権は現経営者に残し,実権は手放さない
というやり方です。
現経営者の議決権についての指図権行使は,建前上は「今受益者=後継予定者に実権を渡したら危ない。自分の目の黒いうちは自分が差配する。これは会社のためだ。」ということですが,議決権行使の対象には,役員選任やその報酬の定めもあるわけで,指図権行使が「受益者=配当を受ける後継予定者,のための行使」と言えるのかどうかは,悩ましい問題です。
いつまでも実権を手放さない現経営者に対し,受益者=承継予定者が反旗を翻す状況もあるかも知れません。その場合に,本当に現経営者が「老害」になっているなら指図権者を交替する,指図権の規定を廃するなどの信託の変更はあるのかも知れませんが,前者については信託法だけでは規定がないし,おそらく個別信託行為には条項がないでしょう。
そうすると,指図権に係る信託条項を変更することになりますが,廃止しただけだと受託者に全責任が来ますので受託者は困るでしょう。承継予定者を指図権者にするような変更ができるかどうか。考えたこともないですが,こういうシビアな状況が生じます。
ここまで書いてきて,これって,やっぱり信託の使い方に無理があるってことなのかな,と思わざるを得ません。
事業承継事案について,議決権指図権を活用する方法は,中小企業庁などで提唱されましたが,その後公的な場での検討がされているのかどうか,あまりされていないようにも思われますが,中小企業庁での検討をきっかけに,この方向での処理が一気に普及している観があります。
利益配当なんてほとんどしていないことが多い中小企業の株式について,自益権のみ与えたからそれで実質株主という論が,実際はフィクションであることなど誰もが分かりながら,相続税課税軽減のためにこのような議決権分離が多用され,この処理は他面で事業承継者の税負担を軽減するものでもあるため,問題が顕在化せずに来ています。
しかし,ひとたび指図権で支配権を維持しようとする現経営者と,承継予定者の間に不協和音が生じた際には,指図権行使についての準則が一気に問題化します。
その際に適用されるルールが,受託者の義務を参照した素朴なルールだけで紛争を解決していけるかどうかについては,正直自信がありません。
この点に関し,道垣内先生からの質問が,非常に示唆的でしたので,次にこれを取り上げます。